和田正人氏の陸上キャリアにおいて、最大のハイライトとなったのが日本大学陸上競技部時代における箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)への出場です。高校時代(高知県立高知工業高等学校)から頭角を現していた和田氏は、名門・日大に進学後、激しい部内競争を勝ち抜いて2年時と4年時の計2回、伝統の「復路エース区間」と呼ばれる9区のランナーに抜擢されました。
箱根駅伝の9区は、戸塚中継所から鶴見中継所までの23.1km(当時)を結ぶ長丁場です。終盤の勝負どころであり、シード権争いや総合順位を大きく左右するプレッシャーのかかる重要区間において、和田氏は堂々たる走りを披露しました。当時の公式記録データは以下の通りです。
特筆すべきは大学4年時の走りです。主将としてチームの命運を背負い、2年前のタイムを1分10秒も短縮する1時間10分52秒をマーク。見事に区間5位に食い込み、チームを総合5位へと押し上げて翌年のシード権奪還に決定的な役割を果たしました。単なる「出場経験者」にとどまらず、トップレベルの大学駅伝界で上位争いを繰り広げた正真正銘のトップアスリートであったことが数値から明確に証明されています。