なぜ「東洋」の名が球団名に冠されているのか。その歴史を紐解くと、戦後の復興期まで遡る。1949年の創設当時、広島東洋カープは特定の親会社を持たない純粋な「市民球団」として誕生した。しかし、資金難によって解散の危機に瀕した際、救いの手を差し伸べたのが当時の東洋工業(現・マツダ株式会社)社長であった松田重次郎とその一族だった。
松田重次郎は、被爆からの再建に固唾をのむ広島の人々に希望を与えるべく、球団存続へ向けて多大な個人的支援と企業のサポートを実施した。その後、東洋工業が筆頭株主として資金的・精神的な後ろ盾となり、1968年には球団名が「広島東洋カープ」へと改称される。
社名が東洋工業からマツダ株式会社へと変わった現代においても、「東洋」の二文字を残し続けているのは、復興を支えた歴史への敬意と、創業家の誇りが込められているからだ。企業名と地域名が融合したその名称には、一企業の所有物ではないという無言のメッセージが刻まれている。