「自宅の庭でペットとして飼いたい」という問い合わせがブリーダーや輸入代行業者に寄せられるケースが増加しています。法的な観点から言えば、日本国内においてヴァレーブラックノーズシープを個人がペットとして飼育すること自体を直接禁止する法律は存在しません。しかし、現実問題として乗り越えなければならないハードルは極めて高く設定されています。
まず直面するのが、莫大な生体販売価格と導入費用です。原産国スイスからの直接輸出には厳しい制限があるため、現在流通している血統個体は主にイギリス、ニュージーランド、オーストラリアなどの認定牧場を経由した輸入となります。海外現地での良血統ラムの取引価格だけでも100万円から200万円前後に達し、そこに国際航空輸送費、動物検疫所での係留検査費用、獣医師の健康証明書発行料などが加算されます。結果として、日本国内へ正規導入するための総コストは1頭あたり250万円から400万円超に跳ね上がるのが業界の通例です。
さらに見落とされがちなのが、法律上の義務と管理コストです。羊は愛玩動物であると同時に、日本の『家畜伝染病予防法』が定める対象家畜(反芻動物)に指定されています。たとえ1頭のみを一般家庭の庭で飼育する場合であっても、所有者は毎年2月1日時点の飼養頭数や衛生管理状況を管轄の家畜保健衛生所へ定期報告する法的義務を負います。口蹄疫をはじめとする悪性伝染病の防疫体制を順守しなければならず、近隣住民への悪臭・害虫防止対策も欠かせません。
加えて、日本の気候はスイス高山地帯とは正反対の「高温多湿」です。熱中症を防ぐためには、梅雨から初秋にかけて24時間稼働のエアコンを備えた畜舎が必須となり、電気代だけでも月額数万円単位の固定費が発生します。さらに、蹄が腐る蹄病(趾間腐爛)を防ぐための定期的な削蹄(蹄の手入れ)や、年に2回の毛刈りを担当できる産業動物専門の獣医師・削蹄師を近隣で確保できるかどうかが決定的な条件となります。