このムーブメントの裏には、芸能プロダクション同士の熾烈な戦略と協力関係も存在した。太田プロダクションは劇団ひとり(当時はスープレックス)や有吉弘行(当時は猿岩石)といった個性豊かな人材を次々と投入し、笑いの多様性を提示した。
対するワタナベエンターテインメントも、ネプチューンを筆頭にテレビ映えする華やかさと実力を兼ね備えたタレントを送り出し、バラエティ市場でのシェアを確固たるものにした。大手芸能事務所が若手の育成場として番組を活用し、バラエティ番組とタレントマネジメントが密接な関係を築いたことで、一過性の流行で終わらない持続可能なエンタメエコシステムが完成したのである。