志村正彦さんが息を引き取ったとされる2009年12月24日、現場となった東京都内の自宅マンションでは何が起きていたのでしょうか。関係者の証言によると、志村さんはこの日、アルバム制作に向けたスタジオ作業の予定が入っていました。
しかし、約束の時間を過ぎても志村さんがスタジオに現れず、携帯電話への連絡も一切繋がらないことを不審に思ったマネージャーが自宅を訪問。合鍵を使って部屋に入ったところ、ベッドで意識を失って倒れている志村さんを発見しました。すぐに救急隊が駆けつけましたが、その場で死亡が確認されました。争った跡はなく、眠っているかのような安らかな姿だったと伝えられています。
亡くなる直前の志村さんは、過酷な制作スケジュールの渦中にありました。2009年5月にアルバム『CHRONICLE』をリリースした後、夏フェス出演や全国ツアーを敢行。さらに秋からは、翌年リリース予定のニューアルバム(後の『MUSIC』)に向けたデモ音源制作に没頭していました。公式ブログ「志村日記」には、亡くなる直前まで機材のセッティングや曲作りに対する強い意欲が綴られており、自ら命を絶つ意図など微塵もなかったことが分かります。身を削るような創作活動による極度の肉体的疲労が、彼の身体を静かに蝕んでいたことは想像に難くありません。