「銀天街を久しぶりに歩いたら、おなじみの店が消えていてショックを受けた」――SNSや地元コミュニティでは、このような投稿が散見されます。松山市駅側から湊町3丁目・4丁目方向へ足を踏み入れると、確かに仮囲いで覆われた区画やコインパーキングに姿を変えた一角が視界に入ります。しかし、地元商店街振興組合の関係者や松山市の商業動向データを突き合わせると、この現象は単なる「不況による夜逃げ同然の撤退」とは全く異なる構造であることが判明しました。
相次ぐ空き店舗化の主因は、建物の耐震基準問題と事業承継難、そして数年来水面下で進められてきた「松山銀天街L字地区再開発」に伴う計画的立ち退きです。昭和40年代から50年代にかけて建築された長屋形式の商業ビル群は、更新時期を一斉に迎えました。借地権や複雑な権利関係の整理、後継者不足が重なった店舗が建替えや区画統合のタイミングで事業を畳んだ結果、特定のブロックで「虫食い状の空き地」が可視化されたのが噂の震源地です。
現場の通行量調査に目を向けると、最盛期に比べれば減少したものの、平日の通学時間帯や休日の午後には依然として学生や家族連れが途切れません。老舗書店の撤退や服飾専門店の縮小という痛みを伴いながらも、空き区画には全国チェーンの小型業態や、若い起業家によるテストキッチン、テイクアウト専門店が居抜きで入り始めており、新陳代謝の過渡期にあるのが実態です。