臨床現場の記録やSNS上に溢れる当事者の手記を分析すると、共通する苦悩が浮き彫りになります。感受性豊かな人の特徴として真っ先に挙げられるのは、「場の空気を1秒で読み取ってしまう」「相手の眼球の動きや声のトーンの微細な硬さから本音を察知する」という並外れた洞察力です。しかし、この能力は諸刃の剣として機能します。
感受性が強い生きづらい理由の根底にあるのは、脳のフィルタリング機能の閾値(いきち)の低さです。通常、人間の脳は日常の雑音や不要な情報を無意識に切り捨てる「感覚フィルタリング」を行っています。ところが、感受性が際立って鋭い個体では、このフィルターの網目が極めて細かく設定されています。結果として、他人の不機嫌、蛍光灯のわずかなフリッカー、隣人の貧乏ゆすりまで大脳皮質へダイレクトに届き、感受性が豊かすぎるデメリットである慢性的刺激過多(オーバーシミュレーション)と神経疲弊に直面します。
当事者の手記『感覚の檻の中に生きて』に記された独白は、この実態を赤裸々に物語っています。
「会議室に入った瞬間、誰と誰の間に険悪な空気が流れているかが皮膚感覚で突き刺さる。自分には無関係の諍いであるにもかかわらず、心拍数が跳ね上がり、帰宅する頃には泥のように眠り込んでしまう」
このように、感受性が鋭い人の心理においては、「他者の感情」と「自己の防壁」の境界線が極めて曖昧になりやすい傾向が認められます。傷つきやすさは精神的な脆弱さから来るのではなく、単純に入力される物理的・心理的情報量が常人の数倍に達しているという認知的負荷の問題なのです。