Web上の解説記事やSNSの投稿において散見される最大の誤解は、「どこかに完璧な本物の定義が存在しており、それを言い当てることがテセウスの船のゴールである」という固定観念です。
認知科学や言語哲学の観点から言えば、「同一性」とは物理世界に客観的に転がっている実体ではなく、人間が脳内で勝手に作り出した認知のラベルにすぎません。
自然界の物理現象を見渡せば、宇宙に存在するすべての物質はエントロピーの増大に従い、刻一刻と変化し、原子レベルで拡散を続けています。絶対不変の塊として存在し続ける物体など、この世界には1つもありません。それにもかかわらず、人間の脳は情報処理の効率化を図るために、「昨日のリンゴ」と「今日のリンゴ」、「昔のテセウスの船」と「今のテセウスの船」に同じ名詞ラベルを貼り付けて処理しているだけなのです。
ネットの議論でしばしば「どちらの船が本物かでレスバトルが起きる」のは、双方が異なる定義(一方は材質、もう一方は機能や歴史)を前提にしながら、相手の土俵を否定し合っているからです。客観的真実を巡る戦いではなく、「自分が世界をどう認識したいか」という価値観の相違を競っているにすぎないという盲点に気づくことが、この思考実験から抜け出す鍵となります。