渡米後、彼が門を叩いたのは名門として知られるアメリカ演劇アカデミー(AADA)だった。言語の壁はもちろん、世界中から集まる同世代の才能たちと競い合う日々は、想像を絶する過酷さだったという。徹底した発声練習、身体表現、シェイクスピア戯曲の解釈から現代劇のアプローチまで、朝から晩まで演劇漬けの生活が続いた。
文化も背景も異なる環境で揉まれる中、彼はただ英語を話すだけでなく、感情を英語に乗せて舞台上で生きる術を身につけた。異国での孤独な鍛錬が、帰国後の演技に圧倒的な厚みをもたらしたことは疑いようもない。甘えを排した修業時代こそが、現在の鋭利な表現力の源泉となっている。