司法の場における東京佐川急便事件の裁判判決は、企業統治の怠慢と背任行為に対して厳罰を下す結果となりました。東京地裁および上訴審において、中心人物であった渡辺広康元社長は特別背任罪などに問われ、懲役7年の実刑判決が確定しました。暴力団関係者への巨額資金供与や回収不能な債務保証が、明白な受託者責任違反と断罪された形です。
一方で、政界ルートの解明については司法の限界が浮き彫りとなりました。渡辺元社長が配ったとされる多額の政界工作資金について、捜査線上には数十名にのぼる政治家の名前がリスト(いわゆる佐川マネー受領者リスト)として取り沙汰されましたが、刑事責任を問われた政治家はごく一部にとどまりました。政治資金規正法の公訴時効の短さや立証のハードルが壁となり、「政界汚職の全貌は闇に葬られた」という不信感を国民に残すこととなりました。
なお、当事者の一角であった稲川会の石井進総裁は、事件が本格的に表面化する直前の1991年9月に病死しており、法廷で裏社会と政界の癒着の実相を証言することは叶いませんでした。