さいとう氏のキャリアは、異色の経歴から幕を開けました。1936年に和歌山県で生まれ、大阪府堺市で育った氏は、中学卒業後に実家の理髪店で見習いとして働き始めます。刃物を研ぎ、客の骨格を見極めながら技術を磨いたこの理髪師時代の経験が、後の緻密なデッサン力や冷徹な観察眼の礎となりました。
1955年に『空気男爵』で漫画家デビューを果たしたさいとう氏は、当時の子ども向け漫画の枠組みに飽き足らず、映画のようなカメラワークと陰影の濃いリアルな人間ドラマを志向。辰巳ヨシヒロ氏らとともに「劇画」という新ジャンルを宣言し、1959年には「劇画工房」を結成して漫画界の地殻変動を引き起こしました。
以降、生み出された代表作は枚挙にいとまがありません。1968年に連載を開始した『ゴルゴ13』は、東西冷戦から中東問題、遺伝子工学、最新のサイバーテロに至るまで、激動の世界情勢を描き続けて単行本最新刊は215巻前後に達し、世界記録を塗り替え続けています。
また、1976年連載開始の『サバイバル』は、巨大地震によって文明が崩壊した世界で少年が生き抜く姿を描き、自然災害の脅威と人間の生命力を浮き彫りにした不朽の傑作です。さらに、池波正太郎氏の時代小説を劇画化した『鬼平犯科帳』(1993年連載開始)では、江戸情緒の風情と本格的な殺陣の緊張感を融合させ、時代劇劇画の頂点を極めました。これらすべての作品において、徹底した取材と職人技が貫かれていたのです。