安武信吾氏の職業人としてのキャリアは、九州を代表するブロック紙である西日本新聞社の敏腕記者として刻まれてきました。早稲田大学第一文学部を卒業後に入社し、社会部事件担当や東京支社、企画報道部、久留米総局などを歴任。硬骨のジャーナリストとして社会の暗部や市井の声をすくい上げる傍ら、自らの家庭に起きた壮絶な闘病と別れを『はなちゃんのみそ汁』として世に問いました。
信吾氏は60歳の節目を迎えて同社を定年退職しました。組織を離れた現在の肩書きは、ノンフィクション作家、ジャーナリスト、そして命の大切さを伝える語り部です。退職によって執筆や講演に割く時間の自由度が増したことで、その活動範囲は一段と広がりを見せています。
2026年を迎えた現在も、信吾氏のもとには全国の自治体、小中学校・高校、PTA連合会、医療・看護関係団体から講演の依頼が引きも切りません。講演の主要テーマは極めて多岐にわたります。
「当たり前の日常がいかに奇跡であるか」を説くがん啓発運動をはじめ、幼少期からの自立を促す「食育」、さらには配偶者に先立たれた遺族の喪失感を癒やす「グリーフケア(悲嘆の回復)」、そして男性の家事・育児参画の意義に至るまで、信吾氏の実体験に基づく言葉は聴衆の涙を誘います。自身が開設した公式ブログやSNSでも、季節の移ろいや千恵さんとの思い出の料理、地方講演での出会いが、飾らない温かな筆致で綴られています。