源頼朝と北条政子の関係は、後世の通俗劇ではしばしば「嫉妬深い悪妻と尻に敷かれる恐妻家」というステレオタイプで描かれてきました。有名な「亀の前事件」(政子が頼朝の愛人・亀の前の屋敷を打ち壊させた事件)はその象徴とされます。
しかし、近年のジェンダー史や家族社会学的なアプローチで見直すと、2人の関係は強固な心理的共依存と高度な政治的同盟が複雑に絡み合った、唯一無二のパートナーシップであったことが浮き彫りになります。
流人時代の頼朝にとって、伊豆の有力豪族である北条氏を後ろ盾に引き入れた政子との婚姻は、政治的生存を賭けた大勝負でした。一方の政子にとっても、高貴な清和源氏のプリンスである頼朝との結合は、地方豪族の娘という枠組みを大きく超えて歴史の表舞台に躍り出る契機となりました。2人は互いの存在なしには成り立たない環境で絆を育んだのです。
家庭内の激しい衝突は、私的な痴話喧嘩であると同時に、北条氏としての発言権を担保するための政治闘争でもありました。政子は頼朝の死後、「尼将軍」として幕府の精神的支柱となり、承久の乱では名演説によって御家人たちを結束させます。頼朝が構築した冷徹な武家政権の骨格を、政子という血肉が温め、最終的に完成させたと言えます。