日本国内で「雪印事件」と呼ばれる事象は、単一のトラブルを指す言葉ではありません。短期間に連続して発生し、企業倫理の完全な崩壊を露呈させた「2つの大事件」から成り立っています。この未曾有の連鎖劇を理解するために、まずは一連の雪印事件の経緯まとめを時系列で整理します。
第1の激震は、2000年6月27日に大阪市保健所へ寄せられた1本の通報から始まりました。雪印乳業大阪工場が製造した黄色ブドウ球菌毒素を含む低脂肪乳などの乳製品を飲んだ人々が、激しい嘔吐や下痢、腹痛を訴え、被害は瞬く間に近畿一円へと拡大。最終的な認定被害者数は1万4,780人に達し、戦後最悪の食中毒事件へと発展しました。
第2の激震は、食中毒事件の傷が癒滅しない2002年1月23日に走りました。グループ中核企業であった雪印食品が、BSE(牛海綿状脳症)対策として国が買い取る国産牛肉の助成制度を悪用。安価なオーストラリア産牛肉の伝票を偽造し、国産牛肉と偽って農畜産業振興事業団に買い取らせようとした詐欺行為が、提携倉庫会社・西宮冷蔵の内部告発によって白日の下に晒されたのです。
国民の命と健康を預かる乳業のトップメーカーが、生命を脅かす食中毒を引き起こしただけでなく、税金を詐取する組織的偽装工作に手を染めていたという事実は、消費者の怒りを頂点に達させました。事件発覚後、スーパーマーケットの棚から「雪印」のロゴが消え去り、抗議の電話が鳴り止まない異常事態へと突入していきました。