事件の発端は2006年4月9日夕刻、秋田県藤里町粕毛の水門付近で、小学校4年生だった畠山彩香さんの遺体が発見されたことに始まります。警察は当初、現場の状況から「魚を見ようとして誤って川に転落した水死事故」と判断しました。
しかし、母である畠山鈴香はこの判断に激しく反発。「娘は何者かに橋から突き落とされた」と主張し、自宅前に集まった報道陣に対して涙ながらに再捜査を訴え、独自に捜査を求めるチラシを配布するなど、悲劇の母親としてメディアに連日露出するようになります。
事態が暗転したのは、彩香さんの死から約1か月後の5月17日でした。畠山邸からわずか数十メートル、目と鼻の先に住んでいた小学1年生の米山豪憲くんが下校途中に突如失踪。翌18日、隣接する能代市の米代川河川敷で、絞殺された豪憲くんの遺体が発見されます。
わずか1か月余りの間に、同一の狭いコミュニティで2人の児童が死亡するという異常事態に、町は騒然となりました。警察の捜査線上に浮上したのは、豪憲くん失踪直前に不審な行動を取っていた畠山鈴香でした。6月4日、豪憲くんに対する死体遺棄容疑で逮捕。その後の取り調べで豪憲くんの殺害を自供し、さらに「事故」と処理されていた実娘・彩香さんについても、自らの手で橋の欄干から突き落とした事実を自白するに至りました。