日本における文脈は、西洋の輸入にとどまらない独自の発展を遂げました。特に1960年代から1970年代の昭和映画界において、スクリーンを揺らした女優たちは、日本固有の「儚さ」と「剥き出しの生命力」を奇跡的なバランスで体現していました。
昭和の代表格として名を馳せた白川由美や浅丘ルリ子、由美かおる、池並志乃、そして夭折の天才女優・夏目雅子。彼女たちが世間を熱狂させた理由は、単なる露出度ではなく、凛とした眼差しと内面から滲み出る情念にありました。当時の映画関係者の回想録でも、「カメラの前で嘘をつかない肉体の説得力」が観客を圧倒したと記されています。
平成に入ると、1991年に社会現象となった宮沢りえの写真集『Santa Fe』(篠山紀信撮影・累計150万部超)が決定的な転換点となります。トップアイドルが自身の最も美しい瞬間をアートとして刻んだこの出来事は、それまでの「男性に消費されるための脱衣」から、「自らの美を堂々と世に提示する自己表現」へと世間の認識を劇的に書き換えました。
以降、藤原紀香や深田恭子、吉岡里帆、田中みな実へと続く系譜では、女性ファンからの熱烈な支持が不可欠な要素となっていきます。現代の日本では、同性から「憧れのスタイル」「自立した美」として支持されない限り、真のカルチャーアイコンとして定着することは不可能な構造が完成しました。