宮沢洋一氏の歩んできた軌跡は、日本のエリート街道の最高峰をストレートに突き進んだ歴史そのものです。名門・開成高校を経て東京大学法学部を卒業後、1974年に旧大蔵省(現・財務省)に入省しました。在省中には米国ハーバード大学ケネディスクール(行政大学院)へ留学し、公共政策修士(MPA)を取得。帰国後は大蔵省の中枢である主計局や主税局で主査や課長補佐を歴任し、国家財政と税制の骨格作りを現場の最前線で叩き込まれました。
キャリアの転機となったのは、伯父である宮澤喜一内閣での首席内閣総理大臣秘書官への就任でした。当時の総理執務室でバブル崩壊直後の危機対応や国際金融交渉を間近で補佐した経験が、宮沢氏の国家観を決定づけたと関係者は証言します。その後、大蔵省を退官し、2000年の第42回衆議院議員総選挙において父・宮澤弘氏の地盤を引き継ぐ形で広島7区から出馬し初当選を果たしました。
順風満帆に見えた政治生活でしたが、2009年の政権交代選挙の波に呑まれ落選の苦杯を喫します。しかし、翌2010年の参議院議員選挙に参議院議員(広島県選挙区)として出馬し国政へ復帰。2014年には不祥事で辞任した前任者の後を受け経済産業大臣として初入閣を果たしました。名門派閥「宏池会」の政策通として着実に足場を固め、2021年11月、満を持して党の税制政策の全権を握る自民党税制調査会長に就任することになります。