山口果林の人生を語る上で欠かせないのが、ノーベル文学賞の最有力候補と目されていた世界的作家・安部公房との宿命的な関係です。二人の出会いは1960年代後半、安部公房が手掛けた舞台作品のオーディションでした。
安部は山口の持つ透明感と強靭な知性に強く惹かれ、主宰する劇団「安部公房スタジオ」の看板女優として起用。二人の関係はやがて演出家と女優という枠を超え、深い男女の愛へと発展していきました。当時、安部には戸籍上の妻がいましたが、私生活の実質的なパートナーとして20年以上にわたり生活を共にしました。
1993年1月、安部公房が脳内出血で急逝した際、病室でその最期を看取ったのは正妻ではなく山口果林でした。文学界の巨人が最後に握りしめていたのは彼女の手だったという事実は、当時の文壇やメディアに大きな衝撃を与えました。
沈黙を守り続けていた山口は、安部の没後20年となる2013年、自著『安部公房とわたし』(講談社)を上梓します。そこには、密やかでありながら濃密だった20年間の日々、安部が見せた創作の苦悩や人間味、そして最期の看取りの瞬間が赤裸々かつ格調高い筆致で綴られていました。単なる暴露本ではなく、一流の作家と女優が魂をぶつけ合った一級の文学的証言録として、現在も高い評価を受けています。