中山功太が転落の道を歩むことになった根本的な原因は、若くして手に入れた栄冠による「極度の天狗状態」でした。2009年、弱冠28歳で第7回『R-1ぐらんぷり』を制覇した彼は、自らの才能を過信し、周囲への感謝と敬意を完全に忘れてしまったと振り返っています。
当時、大阪から東京へ進出した中山功太を待ち受けていたのは、ひな壇やバラエティ番組での激しいポジション争いでした。しかし、本人は「自分はネタを作る職人であり、下品なバラエティのノリには合わせない」と斜に構え、番組スタッフの指示を無視したり、共演者に毒舌を吐き散らしたりと横暴な振る舞いを連発します。
テレビ局関係者からは次第に「使いづらい芸人」として敬遠され、レギュラー番組は激減。東京進出直後は月収が数百万円に達していたものの、傲慢な態度のツケは瞬く間に回り、気がつけば月収が数千円にまで激減するという絵に描いたような転落を味わうことになりました。