原作連載中から完結後にかけて、ネット上の一部コミュニティでは「時透無一郎 生存説」が幾度となく浮上しました。なぜ、あれほど明白に致命傷を負ったキャラクターに対して生存を信じる声が絶えなかったのでしょうか。そこには2つの論理的錯覚とファンの心理的防衛機制が絡み合っています。
1つ目の要因は、刀鍛冶の里編で見せた「驚異的な回復力と記憶回復の前例」です。玉壺(ぎょっこ)の血鬼術による水獄鉢から脱出し、毒を受けながらも生還した過去の展開から、「今回も珠世や愈史郎の投薬、あるいは特殊な呼吸法で生き延びるのではないか」という微かな希望的観測がファンの間で持たれました。
2つ目の要因は、「鬼化による延命の可能性」への邪推です。黒死牟は対峙した際、無一郎の才能を惜しみ「あの方(無惨)に恭順し、鬼となれ」と勧誘していました。この伏線から「瀕死の状態で鬼にされて生き残るのではないか」という考察がネット掲示板などで過熱した経緯があります。
しかし、これらの生存説は公式描写によって完全に打ち砕かれています。医学的・生体的に見ても「胸部以下(腹部内臓および下半身)の切断と大量失血」は即死レベルであり、悲鳴嶼行冥が戦闘終了後に無一郎の亡骸のまぶたを優しく閉じ、「心置きなく眠れ」と明確に引導を渡しています。生存の余地を一切残さず、完膚なきまでにその死を描き切ったからこそ、彼の遺志は炭治郎たち最終決戦のメンバーへと受け継がれたのです。