二人の出会いの原点は、1970年代の小劇場演劇ブームに遡ります。静岡県富士市出身の角替和枝さんは、つかこうへい事務所を経て、柄本明さんが座長を務める劇団東京乾電池に合流しました。圧倒的な存在感と独特の怪演で演劇界を牽引していた柄本明さんと、飾らない庶民的な温かさと鋭い演技力を併せ持つ角替和枝さん。二人が惹かれ合うまでに、長い時間はかかりませんでした。
1981年に二人は結婚。しかし、当時の劇団経営や下北沢での暮らしは経済的な苦境の連続でした。角替さんは生前のインタビューで、当時の生活について「家にお金が本当になくて、毎日どうやってご飯を食べるかばかり考えていた」と笑顔で振り返っています。柄本さんが演劇に没頭する一方で、角替さんは持ち前の明るさで家計を支え、劇団員たちの食事の世話まで引き受ける劇団の精神的支柱となっていきました。
柄本明さんと角替和枝さんの夫婦関係は、単なる「夫と妻」という枠組を超え、生涯にわたる「表現者同士の戦友」でした。家庭内でも台本の読み合わせを行い、お互いの演技に対して一切の妥協なく批評し合う関係性。柄本明さんは後年の手記や特番で「女房であり、一番の劇団員であり、最大の理解者だった」と述懐しています。