ネット上の掲示板やまとめ記事では、本作が「夫に裏切られた妻の奇妙な復讐劇」あるいは「ドロ沼昼ドラの進化系」として紹介されるケースが少なくありません。しかし、これは作品の本質を見誤った重大な誤解です。
第1の誤解は、ゆりあが同居を提案した動機が「復讐」であるという見方です。劇中でも描かれた通り、ゆりあの根底にあったのは復讐心ではなく、「倒れた夫を見捨てられない責任感」と「一人で介護を背負い込めば共倒れになるという現実的危機感」でした。愛人や彼氏を同居させたのは、彼らにも相応の介護労働と責任を分担させるための、極めてプラグマティック(実利的)な選択だったのです。
第2の誤解は、女性同士の足の引っ張り合いを描いているという偏見です。本作において、ゆりあと愛人・みちるの間には次第に奇妙な連帯感(シスターフッド)が芽生えていきます。経済的弱者であるみちるの置かれた過酷な環境を理解したゆりあは、彼女を排斥するのではなく、自立の手助けをします。家父長制的な旧来の家庭において搾取されがちな女性たちが、奇妙な同居生活を通じて互いをエンパワーメントしていく構図こそが、本作の真の革新性でした。