学園の命運を決定づけた最大の分岐点は、2007年に竣工した「創立100周年記念新校舎棟」の建設でした。地上15階・地下2階建ての超高層インテリジェントタワーには、音響の良さで音楽関係者から絶賛された「石橋メモリアルホール」が併設され、当時の私立学校建築として大きな話題を集めました。
しかし、この総工費100億円を優に超える巨大プロジェクトは、過大な借入金に依存した無謀な賭けでした。学校関係者の証言によると、「当時の生徒数・学生数の推移から見ても、返済計画には無理がありすぎた」と振り返られています。少子化が急速に進むなか、年間数億円に上る減価償却費と借入金の返済負担が重くのしかかり、キャッシュフローは急激に枯渇していきました。
資金繰りに行き詰まった学校法人上野学園は、最終手段として上野学園大学のキャンパス売却を決断します。2019年から2026年にかけて、象徴であったタワー校舎や敷地の一部を住友不動産などの民間企業へ譲渡(セールス・アンド・リースバック等)する事態へと発展しました。自前の学び舎を失い、賃料を支払って校舎を使い続けるという異例の事態は、教育機関としての信用を決定的に失墜させる契機となりました。