世界5分前仮説を耳にした人の多くは、直感的に「そんな馬鹿な話があるはずがない」と反論を試みます。しかし、提示されるあらゆる反論は、この仮説が持つ完璧な自己完結構造によってことごとく無力化されます。
反論者が持ち出す代表的な証拠と、それに対する仮説側の返答を整理すると以下のようになります。
「アルバムの写真や歴史の古文書がある」という主張に対しては、「それらの紙の劣化やインクの染みも含めて、5分前にその状態で作られた」と返されます。
「何億年も前の恐竜の化石や地層の炭素年代測定データがある」と科学的証拠を突きつけても、「放射性同位元素が崩壊した比率の状態で、5分前に埋め込まれた」と返答されます。
「さっき食べた昼食の満腹感が胃に残っている」という身体感覚すら、「消化された状態の胃の内容物とともに、5分前に身体が生成された」と説明できてしまいます。
この仮説の恐ろしさは、「過去に起きた出来事の痕跡」とされる全事象が、「5分前に過去の痕跡を持った状態で創造された」という前提の中に最初から組み込まれている点にあります。科学哲学の祖カール・ポパーが提唱した「反証可能性(反証できる余地があることこそが科学の条件である)」という基準に照らせば、この仮説は反証が不可能なため科学的言明ではありません。しかし、純粋な論理のゲームとしては、どれほど最新の科学技術を動員しても「100%論破する」ことは原理的に不可能な構造となっています。