鞆の浦がなぜこれほどまでに旅人を惹きつけるのか。その答えのひとつは、日本の原風景ともいえる穏やかな日常と、海と人が密接に関わり合ってきた重層的な時間にあります。
2005年春、スタジオジブリの宮崎駿監督は社員旅行をきっかけにこの地に魅了され、古い借家を借りて約2か月間にわたる単身合宿を行いました。当時の関係者の証言や記録によると、監督は毎朝のように港周辺を散策し、海辺の段々畑や崖の上に建つ民家、複雑に入り組む細い路地、そして気さくに声をかけ合う町の人々の営みをスケッチブックに描き留めたと伝えられています。この逗留期間中に紡ぎ出されたビジョンこそが、2008年公開の映画『崖の上のポニョ』の世界観の根底に流れています。宗介が暮らす「崖の上の家」のロケーションや、海と陸が隣り合う港町の情景は、鞆の浦の地形そのものからインスピレーションを得たものです。
また、鞆の浦は幕末史の重要な転換点となった場所でもあります。慶応3年(1867年)、坂本龍馬ら海援隊が乗り組む蒸気船「いろは丸」が紀州藩の軍艦「明光丸」と衝突・沈没した「いろは丸事件」の舞台です。龍馬たちは鞆の浦に上陸し、廻船問屋・枡屋清右衛門宅の屋根裏に身を潜めながら、魚屋萬蔵宅で紀州藩との賠償交渉(談判)に臨みました。現在も「いろは丸展示館」には海底から引き揚げられた遺品が展示され、龍馬が実際に隠れ住んだ屋根裏部屋が公開されるなど、激動の幕末の空気をそのまま体感できます。