統合失調症と診断されながら、その特異な知覚体験を圧倒的なエネルギーへと変換し、世界の頂点に立った天才たちも存在します。
日本が世界に誇る前衛芸術家の草間彌生氏は、幼少期から激しい幻覚や幻聴に悩まされてきました。視界一面が水玉や網目で覆い尽くされ、スミレの花が人間の顔に見えて話しかけてくるといった恐怖体験から逃れるため、彼女はその幻覚を絵画として描き写し始めました。これが、世界中で絶大な評価を受ける「無限の網(インフィニティ・ネット)」や「ポルカドット」の原点です。
草間氏は自らの意思で都内の精神科病院に入院し、病院とアトリエを往復しながら創作活動を継続するライフスタイルを数十年にわたり確立しました。病気から逃げるのではなく、自らの表現の源泉として受け入れ、医療体制と規則正しい生活を両立させることで、90歳を超えてもなお世界の美術史を塗り替える傑作を生み出し続けています。
一方、学術の世界で語り継がれるのが、ノーベル経済学賞を受賞した天才数学者ジョン・ナッシュ氏です。映画『ビューティフル・マインド』のモデルとしても広く知られるナッシュ氏は、若くしてゲーム理論の基礎を築いた直後、30代で重度の統合失調症を発症しました。「宇宙人が新聞を通じてメッセージを送ってくる」「自分は南極条約の最高指導者だ」といった妄想に取り憑かれ、数十年に及ぶ入院と研究の中断を経験しました。
ナッシュ氏の驚くべき点は、妄想を完全に薬で消し去るのではなく、「理性によって妄想を拒絶し、無視する」という独自の認知的手法を身につけたことです。病気と共生しながらプリンストン大学の研究室へ通い続け、長年の沈黙を破って1994年にノーベル賞を受賞した軌跡は、人間の精神の強靭さを証明する歴史的偉業と言えます。
さらに歴史を遡れば、ロシア・バレエ団(バレエ・リュス)の伝説的ダンサーであるヴァーツラフ・ニジンスキーも、統合失調症に倒れた表現者の一人です。29歳で精神の均衡を崩し、その後に遺された『ニジンスキーの手記』には、神と自己の同一化や強烈な被害妄想が生々しく綴られています。当時は抗精神病薬が存在しなかったため完全な社会復帰は叶いませんでしたが、その苦悩に満ちた手記は20世紀文学・精神医学の重要資料として読み継がれています。