PL学園を語る上で避けて通れないのが、桑田真澄氏、清原和博氏の「KKコンビ」をはじめ、立浪和義氏、宮本慎也氏、松井稼頭央氏、福留孝介氏、前田健太選手など、80名以上のプロ野球選手を輩出した野球部の盛衰です。高校野球界の最高峰と謳われた名門がなぜ休部に至ったのか、その裏には伝統の寮生活が生んだ歪みがありました。
元部員たちの自著や回顧録、特番インタビューなどで明かされているのが、合宿所「研志寮」における厳格すぎる縦社会と「付き人制度」の実態です。下級生が上級生の身の回りの世話を完璧にこなすことが求められ、失態があれば暴力による制裁が下される日常が存在していました。当時の関係者の手記には「グラウンドでの猛練習よりも寮生活の緊張感の方が過酷だった」と生々しく綴られています。
平成以降、社会全体でコンプライアンス意識が高まるなか、度重なる暴力事案が発覚して高野連から度重なる対外試合禁止処分を受けました。2013年には再び部内暴力が露呈し、当時の監督が退任。学園側は外部指導者の招聘を拒み、野球経験のない校長がユニフォームを着てベンチ入りする異例の事態へと発展しました。最終的に2015年春から新入部員の募集を停止し、2016年7月の大阪大会で残された部員12名が敗退した瞬間をもって休部となりました。