2008年9月24日、福田康夫内閣の突然の辞任を受けて誕生した麻生内閣は、各社世論調査で発足時支持率48%〜53%を記録しました。漫画好きを公言し、秋葉原に数千人の聴衆を集めた「太郎ちゃん」人気は絶大で、低迷していた自民党の救世主として早期の衆議院解散による勝利が期待されていたのです。
ところが、その期待感は瞬く間に霧散しました。発足からわずか2か月後の2008年11月には支持率が30%台へと急落。年が明けた2009年2月には毎日新聞や朝日新聞などの全国世論調査で10%台前半へ落ち込み、一部の調査では「危険水域」とされる10%を割り込み9.7%を記録する事態に陥りました。発足からわずか5か月足らずで約40ポイントもの支持が消滅した計算になります。
この未曾有の急変を引き起こした主因は、複合的な危機の連鎖にありました。政権発足直前の2008年9月中旬に起きた「リーマン・ショック」による世界同時不況への対処が急務となる中、打ち出された経済政策のメッセージが定まらず、リーダーシップに対する国民の不信感が一気に噴き出したのです。