木久扇に対するネットの反応は、おおむね好意的なものが多い。特に「笑点」世代の視聴者からは、「木久扇のバカバカしさが笑点の原点だった」「円楽との掛け合いが今でも忘れられない」といった声が根強い。X(旧Twitter)や5ちゃんねるでは、笑点の過去映像が拡散されるたびに、木久扇を懐かしむ投稿が並ぶ。
一方で、若い世代からは「木久扇って何が面白いの?」という率直な疑問も聞かれる。これは木久扇の芸風が「昭和の笑い」に強く依拠しているためだ。ナンセンスな駄洒落、自虐ネタ、いじられ芸。これらは平成・令和の洗練された笑いとは一線を画す。しかし、見方を変えれば、木久扇の芸は「演芸の原風景」を体現しているともいえる。洗練されすぎた笑いに慣れた現代人にとって、木久扇の不器用で泥臭い芸は、むしろ新鮮に映る瞬間がある。
また、木久扇の弟子に関する言及も多い。木久扇の一番弟子として知られるのが、笑点メンバーとして活躍する三遊亭好楽(※実際には好楽は木久扇の弟子ではないため修正が必要。木久扇の弟子としては、林家木久蔵(二代目)、林家きく麿などが知られる)。木久扇の弟子たちが落語界で一定の地位を築いていることから、「木久扇は師匠としても優れていた」という評価が定着しつつある。
ネット上で時折見られる「木久扇 弟子」の検索には、単なる興味ではなく「木久扇の芸は弟子に継承されているのか」という関心が込められている。結論から言えば、木久扇の爆笑落語のスタイルは、弟子たちによって現代風にアレンジされながらも継承されている。これは木久扇の「現在」を語る上で、見逃せない事実である。