三笠宮百合子さま101年の生涯|激動の歩みと宮家継承の行方を追う

三笠宮百合子さま101年の生涯|激動の歩みと宮家継承の行方を追う

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崇仁親王と百合子さまの間には、3男2女の計5人のお子さまが誕生しました。宮家の歴史とそれぞれの歩みを客観的に整理したのが以下のデータです。

お名前・身位生没年・続柄主なご活動・後継宮内庁・編集部による記録近衛甯子さん
(甯子内親王)1944年〜
長女(第1子)1966年に近衛忠煇氏(元日本赤十字社社長)とご結婚に伴い皇籍離脱学習院女子大学同窓会名誉会長などを務め、母・百合子さまを終生支え続ける寬仁親王
(ともひとしんのう)1946年〜2012年
享年66
長男(第2子)「ヒゲの殿下」として国民に親しまれる。信子妃との間に彬子女王、瑶子女王障害者福祉やスポーツ振興に尽力。百合子さまより12年早く薨去桂宮宜仁親王
(よしひとしんのう)1948年〜2014年
享年66
次男(第3子)1988年に桂宮家を創設。NHK勤務などを経て国際親善に貢献(生涯独身)急性硬膜下血腫による麻痺を乗り越え公務継続。百合子さまより10年早く薨去千容子さん
(容子内親王)1951年〜
次女(第4子)1983年に裏千家16代家元・坐忘斎千宗室氏とご結婚に伴い皇籍離脱茶道裏千家の活動を支えつつ、三笠宮家の行事にも深く関与高円宮憲仁親王
(のりひとしんのう)1954年〜2002年
享年47
三男(第5子)1984年に高円宮家を創設。久子妃との間に承子女王、典子さん、絢子さんスカッシュのプレー中に心不全で急逝。お子さまの中で最も早く薨去

表から明らかなように、百合子さまは5人のお子さまに恵まれながらも、2002年に三男の高円宮さま、2012年に長男の寬仁親王、そして2014年には次男の桂宮さまと、すべての親王に先立たれるという過酷な運命を辿られました。2016年には75年連れ添った夫・崇仁親王も100歳で旅立たれ、百合子さまは三笠宮家の当主として、残された宮家を一身に背負い続けることとなったのです。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。