世間の一部では「観月ありさは抜群のスタイルとルックスに恵まれたから成功した」という見方がされることもあります。しかし、それは彼女のキャリアの半分しか見ていない誤解です。
当時の音楽業界において、小室哲哉プロデュースの『TOO SHY SHY BOY!』をはじめとするダンサブルなナンバーを、激しいステップを踏みながら生歌で歌いこなす歌唱力とリズム感は極めて高く評価されていました。また、1990年代から2000年代にかけてのドラマ撮影は、連日連夜の過密日程が当たり前だった時代です。その中で体調を崩さず、主演として座組をまとめ上げるリーダーシップを発揮し続けたフィジカルとメンタルのタフネスは、単なるビジュアルだけでは決して成立しません。
また、彼女は自著や過去のロングインタビューにおいて、若くして多忙を極めた日々について「当時は学校と仕事の往復で、同世代のような普通の青春を送る時間はなかったけれど、現場で作る作品が自分の青春そのものだった」と振り返っています。与えられた環境に対して不満を漏らすのではなく、プロとして誠実に現場と向き合い続けた姿勢こそが、息の長い活躍を支えた本質です。