帯廣神社の歴史を紐解くとき、避けて通れない人物がいる。十勝開拓の先駆者として知られる晩成社のリーダー・依田勉三だ。明治16年、未開の原野に鍬を入れた開拓団は、度重なる冷害やバッタの食害に苛まれ、過酷を極める生活を強いられた。「豚とひとつ鍋の飯を食う」と詠まれたほどの困窮のなかで、人々の精神的支柱となったのが神々への祈りであった。
神社に祀られている主祭神は、国土経営と大地を守護する大國魂神(おおくにたまのかみ)、国造りの神である大那牟遅神(おおなむちのかみ)、そして医薬や農業を司る少彦名神(すくなひこなのかみ)の「開拓三神」である。未踏の荒野を豊かな農地に変貌させた先人たちの不屈の魂が、いまもこの境内の隅々に息づいている。