Abcd包囲網の真相|石油禁輸から日米開戦へ至った昭和史の教訓

Abcd包囲網の真相|石油禁輸から日米開戦へ至った昭和史の教訓

Abcd包囲網の真相|石油禁輸から日米開戦へ至った昭和史の教訓の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

1941年8月1日、アメリカ政府は在米日本資産の凍結に続き、対日石油輸出の全面禁止を発令しました。イギリスおよびオランダ亡命政府もこれに即座に同調し、日本のエネルギー補給線は一夜にして断ち切られました。

当時の大本営および政府関係者の記録には、この制裁がもたらした強烈なパニックが生々しく記されています。海軍軍令部総長であった永野修身は、昭和天皇への上奏において次のように危機感を訴えました。

「石油の供給が止まれば、軍艦も航空機も動かせなくなる。日数が経過するほど艦隊は油を失い、戦力は低下する。座して死を待つよりは、打って出て活路を見出すほかない」

連合艦隊司令長官の山本五十六が「1年や1年半の間は暴れてご覧に入れるが、2年、3年となれば確信は持てない」と近衛文麿首相に語った有名な証言も、この石油備蓄のタイムリミットを冷静に見据えた上での警告でした。しかし、指導部は「石油が枯渇する前に南方(蘭印)の油田地帯を武力制圧する」という短絡的な出口戦略を選択してしまいます。経済封鎖が、軍事侵略の加速を生むという破滅的な悪循環に陥った瞬間でした。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。