京都の裏社会を語る上で欠かせない「会津小鉄」の名跡は、幕末の京都守護職・会津藩預かりとなった侠客・上坂仙吉(初代会津小鉄)に端を発します。しかし、二代目の死後は組織としての求心力を失い、看板は事実上途絶えかけていました。
この名門の看板を昭和の時代に蘇らせた人物こそが図越利一です。1935年(昭和10年)、彼は周囲の信望を集めて「三代目会津小鉄」を継承しました。さらに戦後の混乱期を経て、1975年(昭和50年)には近代的な組織体制として「会津小鉄会」を結成し、初代会長に就任します。歴史ある名跡を現代組織へと昇華させ、京都の秩序を一本化させた経歴は、組織史における最大の功績と評価されています。