長興山紹太寺のしだれ桜が人々を引きつけてやまない最大の理由は、その圧倒的な歴史的背景にあります。この桜が植樹されたのは江戸時代初期の1669年(寛文9年)。小田原藩主であった稲葉正則が、祖母である春日局(徳川家光の乳母)と父・正勝の菩提を弔うため、黄檗宗の高僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)の高弟である潮音道海を開山に招いて紹太寺を創建した際に植樹されたと伝えられています。
1957年(昭和32年)には小田原市の天然記念物に指定。かつては高さ約13メートル、枝張りは東西約18メートル・南北約13メートルに及び、満開時には白煙が山を覆うような壮麗な姿を誇りました。幕末の火災によって伽藍の多くは焼失したものの、山腹に残されたこのしだれ桜は、江戸・明治・大正・昭和・平成・令和と日本の激動を見守り続けてきた生きた文化財です。