加賀谷が経験した症状の過酷さは、一般的な想像をはるかに超えるものでした。舞台裏や楽屋にいる際、周囲がヒソヒソ話をしているだけで「お前は無能だ」「今すぐ死ね」という悪意に満ちた幻聴が脳内に直接響き渡り、逃げ場を失っていきました。
番組収録中であっても、セットの向こうから自分を嘲笑する無数の目が凝視しているかのような幻覚に襲われ、次第に漫才の台詞を覚えることすら困難になっていきました。症状を抑えるために大量の処方薬を服用した結果、副作用による激しい手の震えや、感情の起伏が極端に平坦化する状態に苦しむことになります。ステージ上で突如として棒立ちになってしまうなど、芸人としてのパフォーマンスを維持することは限界に達していました。
1999年、コンビは突如として活動休止へと追い込まれます。事態を重く見た医師の判断により、加賀谷は精神科の閉鎖病棟への入院を余儀なくされました。自傷他害のリスクから自らと周囲を守るため、外部との接触が厳しく制限された空間での生活は、かつて全国区のスターとしてスポットライトを浴びていた青年から自尊心を完全に奪い去りました。幻覚と戦いながら、ベッドに縛り付けられるような無力感を味わった歳月こそが、加賀谷の芸人闘病の真相における最も過酷な局面でした。