昔のドラえもんを語る上で欠かせないのが、視聴者の心に強い影を落とした「恐怖回」と、インターネット黎明期から囁かれ続ける「謎の回」の存在です。
そもそも、昔のドラえもん 怖い回 トラウマとして名前が挙がる「人間製造機」「バイバイン」「ヘリバブル」「うつつ枕」「悪魔のパスポート」といったエピソードは、単なる子どものいたずら失敗談にとどまりません。これらは原作者が好んだ「すこし・ふしぎ(SF)」の根底にある、人類の科学への過信に対する警鐘や、無限の増殖がもたらす破滅といったディストピア思想が剥き出しになったものです。特に昭和期の大山版アニメでは、菊池俊輔による不気味な不協和音のBGMと薄暗い色調の演出が相まって、大人でも息を呑むような緊迫感が生み出されていました。
そして、ネット上で最も有名なミステリーがドラえもん タレント 都市伝説 真相です。「黄色いノイズ画面に奇妙なキャラクターが登場し、『タレント』というサブタイトルだけが表示されて無音で終わった」「ドラえもんがのび太に地下鉄の改札のような場所へ案内される」などと語られるこの怪談。当時の放送ログやテレビ朝日側の調査記録を照合した結果、現在では以下のような制作事故の複合的産物であると結論づけられています。
1980年代前半、地方局へのテープネット送出や番組販売の過程で、タイトルテロップの欠落、あるいは別番組のCM前アイキャッチ画面が誤って数秒間挿入された放送事故が発生したこと。さらに、1984年放送の「死神山の宝物」などの薄気味悪い作画回や、オープニングのフィルムチェンジ時のノイズが、視聴していた子どもの恐怖心と結びつき、年月を経てインターネットの掲示板(2ちゃんねる等)で脚色・統合されていったのが実態です。
もう一つの有名な噂であるドラえもん 行かなきゃ 謎の回 詳細まとめについても、明確な事実関係が判明しています。「藤子・F・不二雄先生が亡くなった夜(1996年9月23日未明)、突如としてドラえもんが真っ白な画面を歩きながら『行かなきゃ』とだけ言い残して消えた」という怪異譚です。しかし、公式の放送記録を検証すると、当日の深夜にそのような特別映像が流れた事実は一切存在しません。実際には、追悼特番で流された過去の名シーンや、映画『のび太の日本誕生』のエンディングで「時の旅人」をバックにドラえもんたちが歩き去る演出、そして直後に報道された訃報テロップが、ファンの深い悲痛とショックによって脳内でドラマチックに再構成された「虚構の記憶(フォールス・メモリー)」であったことが分かっています。