長生炭鉱で起きた惨劇を理解する上で欠かせないのが「水非常(みずひじょう)」という鉱山用語です。これは炭鉱現場において、坑道内に海水や地下水が大量に激流となって浸水・突入する壊滅的な出水事故を意味します。
1942年(昭和17年)2月3日午前6時頃、海岸から約1キロメートル沖合の海底坑道で天盤が突然崩落し、大量の海水が坑内へと一気に流れ込みました。坑内で作業中だった労働者183名(朝鮮人労働者136名、日本人労働者47名)全員が脱出できず、海深くに取り残される結果となりました。
この事故は決して防ぎ得ない天災ではありませんでした。当時の長生炭鉱は「朝鮮炭鉱」と通称されるほど朝鮮半島出身者の割合が高く、戦時体制下の石炭増産圧力のもとで、安全基準を度外視した危険な海底浅層の採掘(盤打ち)が強行されていた事実が社内資料や元鉱員の証言から明らかになっています。異変を察知した鉱員が危険を訴えていたにもかかわらず採掘が続けられたという構造的な人災こそが、この水没事故の真相です。