なぜこれほど誤作動を引き起こし、多くのユーザーを困惑させるキーが、最も打鍵しやすいホームポジションの左隣(Aキーの左)という一等地に居座り続けているのでしょうか。ここには、半世紀以上前に作られた機械式タイプライターの構造的遺産が関係しています。
19世紀末に登場した機械式タイプライターでは、活字アーム全体を物理的に持ち上げて大文字を打つ「Shift機構」が採用されていました。しかし、女性タイピストが長時間連続して重いシフトキーを小指で押し続けることは肉体的な負荷が大きく、腱鞘炎などの職業病が問題視されました。そこで考案されたのが、レバーを押し下げた状態で機械的に爪を引っ掛けて固定する「Shift Lock」です。
その後、コンピューターのキーボードへと移行する過程で、文字入力の規格を作ったエンジニアたちが当時のタイプライターのレイアウトをそのまま踏襲しました。英文タイプでは頻繁に使われた大文字連続入力のための機能が、日本語という漢字・ひらがな・カタカナ主体の言語環境にもそのまま持ち込まれてしまったのです。
認知心理学およびヒューマンエラー解析の観点から見れば、日常の日本語入力において1日に1度使うかどうかも怪しいキーが、打鍵頻度が極めて高い「A」の真横にある設計自体が、構造的なトラップと言わざるを得ません。左手の小指がわずかに滑っただけで入力モードが破壊されるというUI(ユーザーインターフェース)の矛盾が、令和の現代に至るまで放置され続けているのが実態です。