日当山西郷どん村の中核であり、文化的シンボルとして鎮座するのが「西郷どんの宿」です。西郷隆盛は生涯において日当山温泉をこよなく愛し、記録に残るだけでも10回以上この地を訪れています。特に明治維新直前の多忙を極めた時期や、下野して鹿児島へ戻った晩年、愛犬ツンを引き連れて近隣の山々でウサギ狩りを楽しみ、夜はこの宿で村人たちと膝を交えて酒を酌み交わしたと伝えられています。
当時、西郷の定宿となっていたのが、日当山の豪農・龍宝(りゅうほう)家の屋敷でした。現在再現されている建物は、現存する当時の図面や古写真、郷土史家による綿密な考証を経て、木組みの工法から茅葺き屋根の傾斜角、土間の質感に至るまで忠実に再現されたものです。屋内には西郷が実際に逗留した部屋の間取りが広がり、囲炉裏の燻煙が染み付いたような風情が漂います。
日本庭園には、西郷が愛犬を繋いだとされる松の木を彷彿とさせる植栽や、薩摩独特の石組みが施されており、庭先を歩くだけで150年以上前の幕末維新の時代へタイムスリップしたかのような錯覚に陥ります。教科書の記述や大河ドラマの映像だけでは知り得ない、「一人の素朴な人間としての西郷隆盛」が日当山の温かい温泉と人々をどれほど愛していたのかを肌身で実感できる、極めて学術的価値の高い空間です。