公認医療機関におけるドナー不足の理由を紐解くと、医療倫理のパラダイムシフトと制度の不整合に行き着きます。従来のAIDでは、医学生などを中心としたボランティアから精子提供を受け、ドナーの個人情報は完全に秘匿される「完全匿名性」が絶対の原則とされてきました。
ところが、国連子どもの権利条約などを背景に、国際社会では「自らの遺伝的ルーツを知ることは子どもの基本的人権である」という認識が主流化しました。欧英をはじめとする諸外国ではドナーの匿名性を撤廃し、子どもが一定の年齢に達した際に開示請求を認める法改正が進みました。これに呼応し、日本国内でも将来的な身元開示による責任追及や扶養義務の発生を恐れた提供者が一斉に身を引いたのです。
医療現場の医師からは「善意の提供者を守る法的保護がない以上、個人の自己犠牲に依存するドナー集めは限界に達した」という悲鳴が上がっています。子どもが自身のルーツを知る権利を守ることと、善意の提供者のプライバシー・法的地位を保護すること。この二者択一の調和を図る公的バンク制度や公的補償の設計を国が怠ってきたツケが、深刻なドナー枯渇という形で現場に直撃しています。