牧場や厩舎(きゅうしゃ)を訪れた際、多くの人が目撃して驚くのが「立ったまま目を細めてじっとしている姿」です。体重400〜500キログラムを超える大型草食動物が、なぜ立ったまま倒れずに休息できるのか。その決定的な鍵は、進化の過程で獲得した特殊な解剖学的構造にあります。
馬の前脚および後脚には、筋肉の力をほとんど使わずに骨と関節をしっかりとロックできる「繋帯機構(ステイ・アパラタス)」と呼ばれる腱と靭帯のシステムが備わっています。このロック機能を働かせることで、エネルギーを消費せずに体重を支え、立った状態で「まどろみ(ノンレム睡眠)」に入ることができます。野生時代、肉食獣の接近をいち早く察知して即座に逃走するための生存戦略として研ぎ澄まされた能力です。
ただし、ここで重要な誤解を正さなければなりません。馬は「一生涯立ったまますべての睡眠を完結させている」わけではありません。脳を休める浅い眠りは立ったままで事足りますが、身体の緊張を完全に解くレム睡眠(深い睡眠)を得るためには、地面に横たわる必要があります。
JRA(日本中央競馬会)の競走馬総合研究所などの研究報告によると、馬が一日に横たわって熟睡する時間はわずか30分から1時間程度。それも群れの中で見張り役がいる、あるいは厩舎内で完全に身の安全が確保されていると確信した状況でしか横になりません。もし牧場でお馬さんが無防備にごろんと横たわって寝息を立てていたら、それは周囲を心から信頼している最大の証拠です。
また、お馬さんの平均寿命はおよそ25歳〜30歳(人間の年齢に換算すると約80〜90歳に相当)とされています。小型のポニー種では35歳を超える長寿例も珍しくありません。近年の飼養管理技術や獣医学の発展、引退馬支援の広がりによって、健康寿命は着実に延伸しています。