1997年2月から5月にかけて、神戸市須磨区の住宅街で複数の小学生が相次いで襲撃される事件が発生しました。児童の生命を奪い、重傷を負わせた一連の犯行は、静かなニュータウンを深い恐怖に陥れました。
事件は2月10日の小学生女児2人への襲撃(ゴム製凶器による殴打)から始まり、3月16日には小学4年生の女児が金づちで頭部を殴打されて命を奪われ、同日もう1人の女児も刃物で刺され重傷を負いました。そして5月24日、小学6年生の男児が行方不明となり、5月27日朝、神戸市立友が丘中学校の正門前に遺体の一部が切断された状態で遺棄されているのが発見されました。
発見当時、遺体の口には「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」名義の挑戦状が挟まれており、警察や社会への異常な敵意が露わにされていました。捜査本部が全力を挙げて犯人像を追う中、6月28日に逮捕されたのは、近隣に住む当時14歳の中学3年生「少年A」でした。大人の犯行と予想していた世論は、加害者が14歳の子どもであったという事実に激しい衝撃を受けました。