石田ゆり子が芸能界へ足を踏み入れたきっかけは、高校1年生の初夏に自由が丘で受けたスカウトでした。当時は水泳選手としてジュニアオリンピックに出場するほど競技に打ち込んでおり、日焼けした肌と引き締まった身体を持つ快活な少女だったと伝えられています。
驚くべきことに、同じ事務所の別のスカウトマンが、ほぼ同時期に実妹である石田ひかりを二子玉川でスカウトしていました。事務所側も後から二人が実の姉妹であると知り、運命的な巡り合わせとして業界内で大きな話題を呼びました。
芸能活動を本格化させた石田ゆり子は、1987年に「全日空沖縄キャンペーンガール」に抜擢されます。当時の航空会社やビール各社のキャンペーンガールは、トップ女優への登竜門として知られ、選考倍率も極めて高い激戦区でした。沖縄の青い海をバックに披露した爽やかな水着画像は、健康美と圧倒的な透明感が同居した奇跡のショットとして、今なお語り草となっています。
過度な露出や扇情的な演出を排し、水泳で鍛え上げられたしなやかなスタイルと爽やかな笑顔を前面に出したグラビアは、当時の男性ファンのみならず同世代の女性からも高い支持を獲得。これを機に、単なるモデルの枠を超えて本格的な女優へのステップを一気に駆け上がることとなりました。