机に座って優雅にグラスを傾けるディナーとは異なり、現代のビジネスシーンで最も失敗が多発するのがレセプションなどの立食形式です。
立食パーティーでのワイングラスマナーは、安定性と安全性の確保が最優先されます。着座時と違って周囲に人が密集して行き交うため、細いステムの下部を指先だけでつまんでいると、他者と軽く接触しただけでグラスを倒したりワインをこぼしたりする大事故につながります。立食時に限っては、ステムのやや上部、ボウルの付け根近くをしっかりと親指、人差し指、中指でホールドするか、移動時はグラスのボウル下部を包むように支えて胸の高さでキープするのが、現場で培われた現実的な護身術です。
また、乾杯の席で多用されるシャンパングラスの正しい持ち方にも独自の配慮が求められます。フルート型や細身のチューリップ型グラスに注がれるスパークリングワインは、立ち上る細やかな気泡の持続性と冷涼感が生命線です。炭酸ガスは温度上昇に伴って急速に抜けてしまうため、シャンパングラスでボウルを持つのは完全なご法度。ステムの真ん中あたりを指先で軽やかに支える所作を徹底してください。
そして、誰もが一度はヒヤリとした経験を持つのが、ワイングラス乾杯マナーと音を鳴らさない作法です。ビールジョッキのようにグラス同士を「カチリ」と打ち合わせるのは、現代の国際基準では重大なマナー違反とされています。高級レストランで使用されるリーデル社やザルト社などのハンドメイドグラスは、ボウルの厚みが1ミリにも満たない極薄のクリスタルガラスで作られており、接触の衝撃で微細なクラック(ヒビ)が入ったり粉々に割れたりする危険があるためです。
乾杯の正しい所作は、グラスを胸の高さまでスッと持ち上げ、同席者とアイコンタクトを交わして柔らかく微笑むだけ。音を鳴らす代わりに「視線を合わせること(アイタクト)」こそが、ヨーロッパの王室儀礼から受け継がれた正統な敬意の示し方です。