現役引退後、落合氏は2004年から中日ドラゴンズの監督に就任。在任8年間ですべての年でAクラス(リーグ優勝4回、日本一1回)という圧倒的な黄金期を築き上げました。
しかし、2011年9月、球団史上初のセ・リーグ連覇を目前に控えたタイミングで突如として監督退任が発表されます。ファンの間で大きな波紋を呼んだこの退任劇の背景には、以下のような要因が絡み合っていました。
・勝利至上主義とビジネス面の対立: 徹底した情報統制と「勝つ野球」に特化した采配が、一部の球団親会社フロントから「観客動員やファンサービスに課題がある」と見なされたこと。
・年俸管理とコストカット: 選手の査定基準を実力・勝利貢献度一本に絞ったことで、フロント主導の経営方針との間に路線対立が生じたこと。
退任発表直後、チームは驚異的な結束を見せて大逆転優勝を飾り、落合氏は胴上げされました。さらに2013年オフからは球団初のゼネラルマネージャー(GM)に就任。徹底した年俸削減と戦力再編を推し進めましたが、チームの世代交代と過渡期が重なり、2017年1月にGMを退任しました。グラウンドの内外で妥協を許さない姿勢が、最後までドラマを生み出しました。