中洲の歴史と由来を紐解くと、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、筑前福岡藩の初代藩主となった黒田長政の時代にまで遡ります。長政が福岡城を築城した際、城下町である西側の「福岡(武士の町)」と、東側に広がる古くからの商業都市「博多(商人の町)」を繋ぐ連絡路として、那珂川の中州に橋を架けたことが街の原点とされています。
江戸時代の中洲は武士と町人が行き交う交通の要衝として機能し、明治時代に入ると劇場や映画館、飲食店が次々と進出しました。特に昭和の高度経済成長期を経て、九州全域の経済を牽引するビジネスマンや観光客を受け入れる一大歓楽街へと急成長を遂げ、東西の文化を融合させる交流拠点としての役割を不動のものにしました。