大相撲の伝説・魁傑とは何者か?八百長に抗い奇跡の復活を遂げた生涯

大相撲の伝説・魁傑とは何者か?八百長に抗い奇跡の復活を遂げた生涯

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インターネット上の言説の中には、「魁傑は冷徹に仲間を切り捨てたのではないか」「協会のトカゲの尻尾切りだったのではないか」といった穿った見方が散見されます。しかし、当時の一次情報や議事録、関係者の証言を丹念に洗い直すと、その実態はまったく逆であったことが分かります。

当時、理事長室で魁傑の補佐にあたっていた関係者の証言によれば、処分対象となった力士たちに引退勧告の処分を言い渡す際、魁傑は苦渋に満ちた表情を浮かべ、時には目を真っ赤に腫らしていたといいます。相撲を愛し、力士の過酷な稽古を誰よりも知る魁傑にとって、自らの手で力士の髷を落とさせるような処分を下すことは、断腸の思いでした。それでも彼が情実を挟まなかったのは、「ここで徹底的に膿を出さなければ、相撲協会は社会から完全に追放され、国技としての息の根が止まる」という強烈な危機感があったためです。

また、「魁傑は大関復帰後にすぐ衰えた」という認識も誤りです。2度目の大関昇進後も、昭和52年秋場所で輪島や北の湖といった大横綱としのぎを削りながら12勝を挙げるなど、堂々たる土俵を務めました。怪我による限界が訪れるまで、決して立ち合いの変化や小手先の技に逃げず、愚直な押しと右四つの相撲にこだわり続けたことこそが、彼の誇りだったのです。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。