「一日一万歩を歩かないと健康になれない」という強迫観念を抱く人は多いものの、この基準の出自を辿ると意外な事実が浮かび上がります。1965年に日本の時計メーカーが発売した歩数計「万歩メーター」の販促用キャッチコピーが発端であり、当初から厳密な医学的スクリーニングを経て設定された数値ではありませんでした。
近年の大規模疫学調査では、歩数と死亡率の低下に関する相関関係が詳細に解明されています。米国の医学誌『JAMA Network Open』などに掲載された国際的なメタ解析によると、歩行による全死亡リスクの低減効果は、高齢者で1日6,000〜8,000歩、若年・中年層でも1日8,000〜10,000歩付近で頭打ち(プラトー現象)を迎えることが判明しています。つまり、一万歩を大幅に超えて歩いたとしても、それに比例して寿命が延びたり生活習慣病の発症率が激減したりするわけではありません。
むしろ注意すべきは「歩きすぎによる身体の損耗」です。整形外科の臨床現場では、過度なウォーキングを日課にした結果、変形性膝関節症の悪化や足底腱膜炎、アキレス腱炎を発症して通院を余儀なくされる中高年層が後を絶ちません。クッション性の低い靴でアスファルト舗装の硬い道路を長時間歩き続ける行為は、膝や股関節に体重の数倍の衝撃を繰り返し与えることになります。体力や骨密度に見合わない一万歩の強行は、健康増進どころか関節の寿命をすり減らす「逆効果」になりかねないのが実情です。