阿修羅と帝釈天の戦いは、仏教説話において最もドラマチックな争乱の一つです。経典『雑阿含経』などに記された伝承によると、両者の争いの発端は、帝釈天が阿修羅の美しい娘である舎脂(しゃし)を力ずくで奪い去ったことにありました。
愛娘を奪われた阿修羅は激怒し、軍勢を率いて帝釈天の居城である須弥山(しゅみせん)へと攻め込みます。しかし、戦いが長期化するにつれ、阿修羅の動機は「娘を取り戻すこと」から「帝釈天への果てしない憎悪と報復」へと変質していきました。
帝釈天の非道から始まった争いでありながら、正義に固執するあまり自らも狂気と破壊に身を投じた阿修羅。この「正義を掲げながらも他者を許せぬ怒り」こそが、阿修羅が抱え続けた業(ごう)の根本原因です。